地獄の麻辣鍋

 
 上海で購入したこの鍋の素(メーカーは本場、重慶)を使って、食べ損なった屋台の味を堪能しようという新春企画。具は薄切り豚肉、えび、青梗菜、白菜、にら、ネギ、しめじ、エリンギなど。袋から中身を取り出すと、こんな感じ。
 
 まるでカレールーのよう。油脂で香辛料が固められている。
 これを1リットルのお水とともに温めて溶かした。次々と、唐辛子の塊、大量の花椒、クミン、丁子その他香辛料の粒が姿を現し、鍋が赤黒くなる。
 それを見たI氏曰く
「地獄の釜のようだな…」
 いざ、食材を口に運ぶ。が、むせてしまって食べられない。食材より先に、蒸気とともにのどを刺激する何か(香辛料の香気)が来て、咳込んでしまう。
 咳を我慢し、やっと食材を口にする。美味しい…と一瞬思ったのもつかの間、即効で唇がしびれてきた。辛い。辛すぎ。
 辛いものが体質的に駄目なオットはすでに涙目。辛いものに強いI氏と私でも、これは大変な料理だとようやく気づく。
 だからといって奮発して用意した食材を無碍にするわけにもいかず、黙々とI氏と私、そしてオットは食べ続けた。
 すると。
 しばらくすると辛さに慣れるのだろうか。だんだん辛くなくなってきた。最初、唇の感覚が麻痺してしまったんじゃないかと思うほど辛さにやられてしまったのに。I氏もまったく同じ感想。
 その後、I氏と私は「美味い、美味い」ともりもり食べる。複雑で独特のスパイシーな感じ。唐辛子だけでなく、花椒のスーッとした刺激が心地いい。
 けれどもオットは、後で聞くところによると、あまりの辛さに頭が朦朧として、食べているときの記憶がほとんどないという。ちゃんと普通に私たちと会話してたはずだが、覚えてないらしい。
 ゆえにオットに言わせると
「感覚が麻痺するような成分が入っていて、お前らは味覚器官、俺は頭をやられた」
と思うんだそうで。お、恐ろしい。
「これは凶暴な辛さだ。油断していると殺られそう」
I氏の表現がぴったりくる味わいであった。
 鍋の表面に真っ赤な油(辣油?)、その油に唐辛子を筆頭とする大小さまざまな香辛料がビッシリと隙なく浮かび、具を引き上げようとすれば、その辛い油と香辛料まみれにならざるをえない。逃れられない辛さ地獄。
 先日、近所のこじゃれた中華ダイニングで食べた火鍋は、漢方薬その他香辛料が確かにたくさん使われていたが、やはり味は日本向けにアレンジされていたのだろうか。