いい人

ピカソ展を一緒に見にいった友人について考えていた。
何年も前から年寄りばかりの職場の人間関係の異常な偏狭さと、仕事の将来性のなさについて話を聞いている。今回もピカソ展の後、「最近、ますます仕事が忙しくなってさ…」に始まり色々聞く。
趣味のフラメンコも時間、体力が続かず辞めてしまい、週2回の英語の翻訳家になるための専門学校も「忙しい」から遅刻か欠席ばかり。
5年後には存在さえ危うい、と彼女自身がいう財団法人で何が忙しいのか分からないと聞くと、補充される人員は60歳以上の嘱託ばかりで、実質働かないので、最若手女子の彼女(女性も40代以上しかいないので)が忙しくなるだけだという。
そんな彼女から珍しく受けた相談事は、
「偉い人から、今度食事に行きませんかって誘われたらどうする?」
彼女は仕事上、びっくりするほど社会的地位の高い人と知り合うことが多いのだが、その中の何人かから(男女含む)、お誘いを受けているらしい。
どうも相手側は純粋に彼女とは芸術カンケイの趣味があうと思っているらしく、仕事上の上下関係やシガラミがない彼女と気晴らしに時々趣味談義をしたいらしい。ヘンな不倫願望やエロは絡んでなさそうなので
「面白そうだから、絶対に行く、行く」
と答えたのだが、彼女は
「でも、ウチは異常に人間関係が狭いから、絶対にバレる。バレたら職場に居辛くなるから行けない」
と言う。誘ってくれる側もそのことは気づいていて、バレない工夫をするとまで言ってくれているらしいのだけれど。
大体、5年後にはどうなるか分からない職場に居辛くなるも何もなく、むしろそういう偉い方々と今のうちから人脈でも作っておいた方が、将来のためにもなるやもしれないじゃないか。私は、すぐさま腹黒な考えをめぐらしてしまうのだが、
「でも、コソコソと偉い人たちとあって、後でバレて上司との信頼関係を失いたくないから」
と、頑な。更に
「偉い人たちだし、これからも仕事上のかかわりもあるから、断るのもすごいストレス。職場のことを悪く言えないし…」
相談になってないよ、これ。彼女は私にどういう答えを期待しているのだろうか。
そんな彼女、同時にこんなことを話してくれた。
「実は最近、遅まきながらハン流デビューしたの」
そのお陰で寝不足で体調まで悪くしながらも「冬の…」を欠かさず見続けたこと、文化村のクラシックコンサートは録画した、写真集も買った、フジでやるらしい「天国…」のあらすじ、今は「美しき…」にハマっているなどなどなどなどなど…。
その彼女が熱心にに話すところは決まっていて、大体「主人公がいじめられて不幸なところ」。
でも、私があの手のドラマが一番嫌な理由はそこにありまして。*1
健気な主人公がとにかく人間関係から生じる不幸にじっと耐える。瞳をウルウルさせながら。ストーリーは主人公が何かアクションを起こすことで進展するのではなく、突然の事故とか病気、または上位の立場の人間(親達とか、金持ちとか)の理不尽な行動。でも、じっと耐えてるだけで、なぜか周りの方が変わってくれてハッピーエンド。もしくは、ハッピーエンドにはならずとも、主人公の健気な生き方は評価される。
大体こんな感じに思っているのですが。違うでしょうか。ちゃんと通して見たことがないのですが。
そして彼女が何と答えてほしかったのかわかってしまった。
「仕方がないよね。我慢するしかないよね。でも、よくがんばってるよね。そのうちきっと周りも認めてくれるよ」
それで、なんとなく初めてブームの背景(の一部)が実感できてしまった。皆、今の自分の現状そのままを認めてもらいたんだ。それでいいんだ、人間だもの。
でも。
変えよう、変わろうともがきながら、でも、上手くいかない現状ならともかく、何もしないでじっとしているだけの現状を認めてあげたとして、それでいいんだろうか。ドラマじゃないんだから、現実はジリジリ少しづつ悪くなるばかり。
将来のない職場(しかも給料は安い)は、さっさと辞めるべき。すぐ辞めるのは無理でも、辞める準備には取り掛かるべき。
「だって今、正社員の職を手放したら、母の面倒もみなきゃならないし…」
そりゃ大変なのは分かってる。でも、もう10年も前から同じこと言ってるんだよ。そのままにしてたから、ますます状況だけが悪くなっちゃったんだよ。おばさん、まだお元気だけど、もし要介護になったら、もっと今の職場から動けなくなるよ。このまま時間も若さもドンドン老人達に吸い取られて、翻訳の勉強すらままならなくなって、この仕事一辺倒になったら5年後はどうなるの?老人達は、厳しい状況を乗り切るためと称しつつ、アナタにますます職場への忠義を説いているようだけれど、ヤツラはノラりクラりしてりゃ、定年なんだし、先を考えなきゃならないアナタとは違うんだよ。
それに、評価もしてくれてないじゃん。後から入ってきたずっと年下の男の職員よりも給料も格下扱いなんでしょ。ただの使い捨てだよ。搾取されてるんだよ。せめて翻訳学校くらいはやり遂げないと、何も残らないよ。偉い人たちが気晴らしとはいえ、忙しい合間に話したいって、他の職員ではなくてアナタを選んで誘ってんだよ。アナタ、それだけの中身がある人間なんだよ。もしくは不当に扱われてるって、分かってるんだよ。
お節介だとは分かっているし、何より人に偉そうなこと言える人間かという問題もあるのだけれど、新宿の1杯200円の安コーヒー屋で、バカみたいに熱く延々と話した。
それで、彼女曰く。
「それってさ、主婦が旦那さんに『勉強したいんだけど』って相談するのと一緒だよね。翻訳学校のある日は遅刻しない時間に職場を出られるよう、がんばる」
似てるけど違う。違うよ。根本的に発想が違うよ。職場においても、家庭においても。就業規則に反してない限り、遠慮するようなことじゃないんだよ。お付き合いで必要もない残業することはないんだよ。主婦だって、勉強するなら好きにやればいいんだよ。何に遠慮するんだよ。老人やオバサンたちの「言うことをきけ、さもなくば」圧力に対してなのか。
多分、また同じように流されてしまうだろうなと想像したら、気分がかなり落ち込んだ。
彼女みたいな人は本当に「いい人」だと思う。実際、昔から周りの希望をまず第一にかなえる人だった。幹事を引き受けてしまうタイプ。でも「いい人」は自分がシアワセになれないんだよ。
で、「いい人」ではない私は、昔から「いい人」を止めろ、止めろと彼女に言い続けてはや十数年なのだった。

*1:ハン流が嫌いだと言うのではないです。例えば「チャングム」は見たい。コスチュームプレイ(歴史)物は好きだし。たまたま最近、日本で受けているメロドラマ系のみがちょっと…と思っているだけです。他にも知らないドラマはまだまだ沢山あるでしょうしね。