トロイ
オーランド・ブルーム扮するパリス王子役のへタレっぷりを、各方面から聞かされているのにも関わらず何故、観に行ったかというと、今、読みかけの本『ミュージアムの思想』ISBN:4560038988 に興味深い指摘があって、映画のその箇所をチェックしたくなったから。
かつて、ヨーロッパ各国王朝(チューダー朝イギリス、ヴァロア朝フランス、ハプスブルグ家など)は王朝の正統性の誇示のため、こぞってその起源をトロイ王家に求めていたのだという。戦争でトロイはギリシア連合軍に負ける。けれども、生き残った王族がイタリアに逃げ延び、それが何世代か後にロムルス、レムルス兄弟につながる。つまりローマ帝国の祖はトロイ王家の人になる。
「ローマ教皇」権威に対抗するために、当時としては新興王朝が持ち出した権威が「ローマ帝国」ということらしい。大昔の神話を利用して、現世の為政者の創世神話を生み出す荒技。それを日本だけでなくヨーロッパの大国も、まだそれほどの力がない時代にやっていたとは驚き。また、西欧(ドイツ以外)を統一、文明化した“理想国家古代ローマ帝国”への憧れは、相当根強いものがあるということか。シュリーマンがトロイ遺跡を発掘したインパクトも、単に「伝説の場所が本当にありました」だけではないということなのだろう。
映画のラスト、抜け道を潜って城壁の外へ脱出しようとする群集の中の1人の若者にパリスが声をかける。
「君の名は」
「アイネイアス」
「このトロイの剣を持っていけ。そして大勢の人を集めて、再び栄えさせよ」(記憶曖昧だが、大体こんな意味だった)
この若者がローマ帝国の祖の祖なわけで。
ここできっと欧米人は
「よっしゃぁぁ!わしらの(精神的文化的)ご先祖様登場!!!」
と感激するのかなと思ったり。でなければ、名前をワザワザ言わせるこのシーン、あまりに不自然で無意味すぎ。
でも、映画では王族というより、民衆の1人的扱いだ。パリス王子が顔と名前を知らないなんて。何の面識もない人間に、先祖伝来の由緒正しき剣をポイと渡すというのもヘンな話ではある。
そして、監督ウォルフガング・ペーターゼンはドイツのお方。ギリシアはトロイを滅ぼすが、トロイ人を祖とするローマにギリシアは滅ぼされる。監督はローマ帝国を滅ぼしたゲルマン人であり、はたまたローマの栄光よ再びの神聖ローマ帝国の人でもある。現代のローマ(アメリカ・ハリウッド)で監督するにあたって、何か思うところはあるのだろうか。
それにしても肉体と肉体がぶつかりあって、脂汗と血、死屍累々を踏みつけてなお繰り広げられる戦闘シーンに迫力があって、見てよかった。美しくないところがいい。