私は一体何処にいるのだろうか in 町田①

日中推定気温は35℃

 大賀ハスを撮りに薬師池公園に行く。
 大賀ハスhttp://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kokufu/hasu.html
 薬師池公園:http://www.city.machida.tokyo.jp/shi/leisure/c3-3.html
 午前10時ごろ、町田駅からバスに乗った。車内は60以上のおばちゃんばかり。皆さん地元の方なのだが、お知り合い同士というわけではなさそうだった。それでも、おばちゃんはその場ですぐに仲良しになって、かなりにぎやかにおしゃべりの花を咲かせている。
 「ひなた村(町田市の青少年施設。キャンプ場がある)で降りるんで」
 「ひなたむらー!あそこはねー夏は暑すぎて行くところじゃないですわー」
 「そーそー、冬は暖かそうでよさそうだけどねぇ」 
 「なんて言ったって“ひ・な・た”だからねぇ」
 「ひゃひゃひゃひゃひゃ」
 そんな冬に行った方がいいらしい?ひなた村で1人が降りると、ガラス窓に顔を押し付けながら、口々に大声で
 「あーなーたぁー!こっち、こっちよー!」
 と一斉にバスの進行方向に指をさす。
 「もー、あの人ったら大丈夫かしら」
 「ねー」
 「ねー」
 このえもいわれぬフレンドリーな感じ。その昔、中国かトルコの田舎の乗り合いバスに揺られていた時のような錯覚。
 薬師池公園内のハス池で撮影をする。いつものことだが、花の名所には必ず大勢のカメラじいさんたちがいる。ハスの花と老人たち。ここはタイか中国の寺院…なわけはない。
 それにしても。
 偶然かもしれないが、地域おこしで花畑などをやっているところには、基地が近くにあるところが多いように思う。今日もまた真っ青に澄んだハス池の上空を、厚木基地へ向かうアメリカ軍機が、爆音を轟かせて何機も飛んでいった。
 正午を過ぎて休憩を取ろうとしたが、周りには小さな売店か民家の他は何もなさそう…と思いきや、唐突に「散歩のついでにお立ち寄りしませんか?」というこじゃれたカフェの看板が目に入った。ここから徒歩7分。他に行くあてもないので、矢印に従って歩いていくことにした。
 民家の集落を抜け、畑ばかりの坂道を登り、郷土資料館、郵便局を通り過ぎ、見渡す限り畑と雑木林ばかりの丘の上まで出てきた。ここまで、かなりの距離を歩いた。案内の看板はこの間に3回ほどあったが、なぜか徒歩○分の部分が一分ずつしか縮まらない。なんだか『注文の多い料理店』のようだ。指示の通りに進んでも、一向に目的にありつけない。
 しかも、暑い。連日真夏日和な上に、今日はまた一段と暑いような気がする。普段はほとんど汗をかかない私でも、体が汗でドロドロになっている。田舎道には日差しを避けられるものが何もない。
 坂の途中の大きな木の木陰に自転車に乗った郵便配達員さんが二人、休んでいた。彼らに
「このあたりで、喫茶店なんて知りませんか?」
と尋ねたところ
「いやー、聞いたことないね。見たとおり、何にもないでしょ」
年を取った配達員さんからも、若い配達員さんからも同じ答えが返ってきた。
 とは言え、見るからにヨレヨレな私を気の毒に思ってくれたのか。親切にも、仕事で使う個人宅名まで記載されている詳細な地図を広げて探してくれたが、やはりこのあたりは畑をあらわす地図記号しかない。
「坂を下りると、バスの通ってる大きな道路に出る。その通りなら何かあると思う。けれど、上がる方向には何もないと思うよ」
と指差してくれた坂の上の方向の先に、あの案内看板らしきものが見えた。
「とり合えず、あの看板を見てみますが、もしお店のじゃなかったら、ここへ戻ってきますね」
と、言って再び歩き出した。やはり案内看板だった。上って来た道から右に分かれた、下に行く細い道を降りていくと突然、涼しげなブルーのききょう畑があらわれた。なぜか畑の脇にイーゼルをたてて、写生している人が1人。ここはプロバンスですか?その向こうにレンガ造りのイングリッシュカントリー風な家屋が見えた。カフェだった。
 ところが。
 イングリッシュガーデン風なテラスをすり抜け、正面入り口までついたところで「CLOSED」の札がかかっていた。金曜日は定休日だったのだ。やっと辿り着いたのに。あまりの暑さも加わって、文字通り「気が遠くなりそう」だった。
 結局、再び郵便配達員さんたちの前を通った。
「喫茶店ありましたよ」
「え、どこに!」
 きわめて日本的な田園風景の中にある雑木林の裏には、郵便配達員さんすら知らない秘密の花園に包まれた英国カントリー風カフェがあったのだった。白昼夢でなければ。
 郵便配達員さんに教えてもらったとおりに大きな道まで出て、間口が私の体3つ分くらいしかない小さなお食事処に入った。午後1時少し前だった。
 入ってすぐのところにおばさんが1人、デンと座って食事をしていた。最初、その人はお客だろうと思っていたのだが、調理場を含め他に誰もいない。恐る恐るお店の人かどうか尋ねると、黙ってうなずいた。
 通路が狭いので、おばさんを無理やり乗り越えて奥のカウンター席に座り、メニューを見た。カツ丼、焼肉定食、から揚げ定食…絶望的なほど脂っこくて重い料理ばかりが並んでいた。普段なら何でもないメニューであるが、今は意識が朦朧として、食欲は限りなくゼロ状態。
 しばらく考えた後、ラーメンを頼んだ。カウンター越しにのぞいた、ラーメンを作っている彼女の顔は、北朝鮮から戻ってきた直後の曽我ひとみさんにそっくりだった。
 つづく。