立体視トレーニング

 ツルが折れたので、5年前に買った鼻からずり落ちるメガネをようやく買い替える決心をすることにした。
 メガネ暦は20年くらいになるのだが、かけ心地のいいフレームに出会った試しがない。フィットさせるとなぜか耳の付け根あたりが圧迫されて頭痛がするので、仕方がなかったのだ。また、目とレンズの間の空間を、もっと近づけられるよう調整できればずり落ちにくくなる、と言われたこともあるが、私のまつげは長いので、それをやると当たって瞬きがしにくい。若いころ会社で「お前のメガネ、ずり落ちてるぞ」と何度からかわれたことか。
 だが…今回は期待があった。地元の商店街にあの999.9取扱店ができた。999.9はオシャレだから、というのではなくて「日本人の平たい頭(あぁ、それは私の頭)の形を考慮したフォルム」だから、元々いいんじゃないか。今まで安売りメガネ店でしか購入したことはないのだけれど、もういい大人(オバサン)になったのだし、体によいものにはお金をちょっとくらいかけてもいいのではないか。などと、自分に言い訳しながら、髪を切った勢いも手伝って、お店に入ってみた。
 店主の奥様と思しき『クロワッサン』に出てきそうなオシャレなオバサマが999.9以外にも、フランスやらイタリアやら見たことないようなフレームを次々と出してきてくれた。棚に置いてある状態では「こ、こんな派手で個性的なデザイン、ワタクシにはとても無理ございます」と尻込みをしてしまうようなデザインも、実際にかけるとシックリ馴染むのにビックリ。自分で「これ、良さそう」と選んだものの方がヘンだったり。オバサマセレクトの方が、断然いい。選ぶ人のセンスは重要だ。メガネも服も自分で選ぶのが上手でないので憂鬱なのだが、こういう風に発見があると、うれしくなる。
 だが予算には限界があるので、結局、今のメガネのイメージの延長線上だけど、ちょっと遊びっぽいの999.9の赤いメタルフレームのを買うことにした。
 次にレンズを決めるために目の検査を受けた。こっちは店主が担当。
 5年前と違って(または安メガネ屋だったからかもしれないが)、検査器具がハイテクになっていて、これにもまたビックリ。両目で見たまま、左右それぞれの視力や乱視度合いが測れたり(視力検査表が反射板になっていて、4列あるうち中の2列は両目で捉えているが、右列は右目、左列は左目でしか捉えられない仕組みなど)、左右の眼球の筋肉の引っ張る強さをチェックしたり。(一種の立体視ができる画像を見せながら、動きをチェックするらしい)
 店主は結構、職人タイプな上、こちらも新しい機械大好き!それで、いちいちキャーキャー喜んでいたら、向こうもノリノリになってきて、自然と立体視の話になったときに「家では立体視ができないってことで、ダンナにバカにされてるんです」と洩らすと「それはいけませんっ!私がアナタを立体視できるようにしましょう!」と、なぜかマンツーマンの立体視レーニング大会になってしまった。
 渦巻きの描かれたふたつの紙を目の前に並べて「一つの○に見えましたか?」「見えません」「もっと遠くを見てください」「あ、一つに見えました!」「おお!じゃ、それがだんだん立体的に見えてきませんか?」「あれ、三つになってしまいました」「……」
 こんなことを小1/4時間ほどやっていたのだろうか。私のあまりのヘナチョコぶりに店主も呆れて「…まぁ、立体視できなくても、検査では問題ない程度の弾力性はありますから、健康上は大丈夫ですよ」とあきらめてくれた。短い間だったが、スポ根漫画のヒロイン(?)になったような気分を味わえた。ちなみに先ほどのオバサマ=奥様も、立体視ができないのだとか。
 その後、店主が丁寧にフレームのあちこちを私の頭に合うように、調整。出来上がりがとても楽しみ。