プラン9・フロム・アウタースペース
「映画史上最低の…」と巷で評判なら、一度くらいは見ておこうかなと考えてしまうのが人情ではないか。そんなエド・ウッドの代表作品。さぞヒドイんだろうなと思ったら、それほどでもなかった。むしろ、既視感さえある。小さな子供のころ、テレビで見ていたアメリカのホラー映画(TVドラマ?)って全部こんなんじゃなかったかなと思う。怪しくてチャチでいかがわしげ。え?他のは、違う?知らないうちに、エド・ウッドばかり見ていたのだろうか?とにかく、あのころは、どんな作品もそれなりに怖がってドキドキしながら見ていたような気がする。日本の子供向け特撮映画も、こんな雰囲気だったような。「怪獣マタンゴ」とか。子供なりにヘンテコな作品が結構、好きだったってことなのだろうか。
大人の目で見れば、ツッコミどころは満載。宇宙船のあきれるほどチャチな内装といい、ゾンビ老人の登場シーンは同じカットの使いまわしだし*1、そのゾンビ妻も、キャラはかなり濃いのだが、存在自体が意味不明。そもそも何のために、ルパシカを着た宇宙人(旧ソ連イメージなんだろうけど)がハリウッド近郊の住宅地で墓荒らしするのかも謎。その墓荒らし&ゾンビ作り計画が、プラン9だ。プラン8までどんなトンチンカンなことをしていたのか気にならないでもない。
別の大人の目で見ると違った側面も。地球人とはイコールアメリカ白人*2のことだが、すぐ銃を抜く。民間人も。不審物が近づいてきたら、問答無用でバンバン撃つ。宇宙人との間がこじれているのも、元々、彼らは、地球人が宇宙全体を滅ぼしかねない武器を作り出すであろうことを予言しに、一応は平和目的で地球にやってきたのに、軍が一方的に攻撃をしかけていることに始まっている。「ボーリング・フォー・コロンバイン」ではないがネイティブ・アメリカン、黒人奴隷といった他者や異物に一方的に攻撃をしてきた歴史から、逆に自分たちに対しても他者はそう接するだろうということで、ヤラレル前にヤッテしまうという行動パターンが、こんな「最低」映画にも出ているなぁと妙な感心をしてしまう。
ところが、監督自身は宇宙人の方に肩入れしているようなのだ。ラスト近くに地球担当司令官が、分からず屋で愚かな地球人に向かって一人延々と語るシーンがある。それは結局のところ「我々を存在しないものとして、無視するのは許せない。我々をまず認めてくれよ」という一点で憤慨していることが分かる。宇宙人は疎外されてると感じているわけで、かなりシュールだ。この宇宙人と地球人(アメリカ白人)の、あまりのディスコミュニケーションっぷりが、見所といえなくもない、かも???
世には星の数ほど映画はあるので、これが本当に「最低」かどうかは、分からない。けど、最低と言われつつ世に残っているということは、どうしようもなくわけが分からない展開であっても、ツッコミどころ満載でも、何がしか監督からの愛というか熱意というか、それが伝わってくるからだろう。最低の烙印さえ押されず、人々の記憶から消えてしまう作品の方が圧倒的に多いのだから。