完食の思ひで

 いやー、船場吉兆、廃業ですか。ささやき女将とか、面白すぎるお店ではありましたが。


 この件で吉兆以外にも食品の使い回しがアチコチで行われてますぞ!と報じられる状況に対し、逆に高級なお店や旅館の料理人たるもの、それなりにキチンと美味しいものを作るための修行を積んできた人たちなんだろうに、自分の作ったものがこんなにも普通に食べ残されるということに何か感じるものはないのかなぁと妄想するにつれ、思い出したことが。


 料理を完食して、お店の人が出てこられたことが2回ある。


 最初は、大学の寮に入るために母親と上京した夜に食べたお店。二人とも田舎者ゆえどこで食事をしていいか分からず、泊まったホテルのイタリアンレストランに入り、コースを頼むことにした。私が外で正統派の?イタリア料理なるものを食したのはこのとき初めてだったと思う。


 「やっぱりちゃんとしたホテルの料理はおいしいねー」的なたわいもない会話をしながら、普通に食べていたつもりだったのだが、デザートの前にフロアー長が「こちらのテーブルです」と言いながら料理長という人を連れてきて

 
 「キレイに食べてくださってありがとうございます」


と、二人揃って頭を下げられてしまった。下げた皿の食いっぷりのよさ?が厨房で話題になって、どんな客なのかご挨拶をということになったらしい。


 とにかくこんなにキレイに食べてくださるお客様はなかなかいません、みたいなことを何度も嬉しそうに口にして、帰り際にはまた来てくださいと結構な額のお食事券をくれた。


 たぶん本気で喜んでるんだろうなぁとは思いつつ、内心(私たちすごくガツガツしてるのかしら…)と微妙な気持ちにもなったりしたのだが、東京ってそんなにみんなお料理を残すのかー、都会は違うのねぇなどと部屋に戻ってから母と話した記憶がある。いわゆるバブル時代のお話。


 2回目は、コメ不足でタイ米を緊急輸入しつつ、パサパサして不味い!食えたもんじゃない!とハトのえさにするお年寄りとかがニュースになっていた時代。名古屋に住む母方の80半ばの祖母が、叔母を伴って東京に遊びに来たときのこと。


 祖母の「晩御飯は名古屋にはないような、とびきりのフレンチがいい」とのリクエストにより、一軒家のお屋敷レストランを予約し、ワインこそ頼まなかったものの、食前酒に始まり、メインに魚、肉の両方がつくフルコースをオーダーした。


 すると、デザートの前に今度はシェフとオーナーがテーブルにやってきた。女性客が3人とも大変な食いっぷりで、しかもどうやらその一人はおばあさんであるらしいと聞いて、是非ともご挨拶を…ということだった。


 「失礼ですがお歳は?」とオーナーが尋ね、恥ずかしがって祖母が「80ちょっと越えたくらいです…」と答えると、更に「そんなお歳を召した方に美味しく食べていただけたなんて感激です」と、大変な喜びよう。


 そしてワゴンに引かれたデザートが出てきた。オーナーが祖母に向かって「どれでも好きなものを申しつけてください」。


 すると何を思ったのか、祖母は恥ずかしそうにうつむいたまま


「全部を…少しづつお願いします…」


 ケーキとアイスクリーム類、それぞれ10種類以上はあったと思う。おばーちゃん、こんなレストランでそんなデザートの取り方はないよ!と一瞬、頭から血の気が引いたのだが、シェフは笑顔を崩さず


「一つのお皿に全部というのはちょっと難しいですが、3人のお皿で合わせて全種類を少しづつのせるというのでいかがでしょうか。このお席はほかのお客様から見えにくいですし、安心してお皿をまわしっこしても大丈夫ですよ」


 結果としてデザート全種類、いただくことに。もちろん、それも完食。祖母は「キレイに食べるだけでこんなに喜んでもらえるなんて不思議なことだね」と言った。


 …というわけで、食べ残しをしないと思わぬことがあるかも、というお話。